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No.0502「快晴蕎麦日和」
「やー、終わった終わった♪」店から出るなり、大きく背伸びをして一言…
「お、お疲れ様シタ!」
「シタ!」
「おう♪」
「…」
いつも通りに、咥えタバコに白い歯ムキ出し…
一緒に出てきた男連中が、一礼一礼してゆく…
「あ?どした?敬…」
「何でもありません…」\ 昨夜この店のジャムでセションリーダをしていた音羽サンであった。
一礼してゆくのは、参加した若手…いや、中には音羽サンより年上な方も…
「すっかり朝だなぁ…」
爽やかな朝日がサンサン…って、サンサンじゃ昼か?
「何時間やってたんでしょ?」
「ん?深夜からだから、そんなにはやってないだろ?」
何故そういう計算に?8時間は経過しているような気がしますが…
「その前から呑んでたじゃないですか?」
ここに来る前に、COOLMINORで呑んでおられました。
「おめーもいたじゃねぇか…」
「…です…」
COOLMINORに行ったら、そのまま連行されてしまった記憶があります…
「ま、こっちじゃずっと寝てたよな…敬は…」
「…だす…」
「折角のセッションなのに入らねぇとはなぁ…」
順番が回ってこなかったから…だから眠ってしまったのですが…
尤も、管だけで一体何人いたんだか…あまりに多すぎたから、珍しく音羽サンがピアノに回り、弾き語りまでご披露…
「しかも…」
「あん?」
「なんで”亀サン”だったんでしょ?」
「お歌か?」
「…どす…」
眠ってた俺の耳を劈いたのは、兎と亀の競争を歌った、日本の古いお歌(JAZZバージョン)…
「”亀”を”敬”で歌ってたでしょ!?」
「おめーが寝てるからだ」
「…」
「それにこの手の童謡なら、曲知らないなんて奴は居ないだろうしな♪」
ジャムで曲が決まらない場面はよく見かけるが…童謡取り上げるのもいかがかと…
「皆、動揺してました…」
「朝っぱらから寒いな、敬」
「冬の朝ですから…」
これが冬の朝かと思う位の眩しい日差し、日が若干高いのもあるけど…
(相変わらず俺は寒いままか…)
「で…」
「で?」
「やはり蕎麦なんですか?」
大概、こうやってライブやセションが朝終了の場合、このお方はお蕎麦を食して帰るのが定番…
「…んー…蕎麦かぁ…」
「いつもの2階…行きます?」
「…」
あれ?何考え込んでるんでしょ?
「お、オス!失礼ス!」
「あ、ありがとうございましたー!」
そんな横を、別の参加者が通り抜けてゆく。
あー…深々とお辞儀して…涙まで浮かべちゃってるよ…
俺の寝ている間に、一体何があったんだか…
「をう♪またな♪」
「た、竹中センパイ!失礼します!」
「マス!」
「…ど、ども…」
もしかして俺まで怖い人に見られちゃってますかね?
(ただ寝てただけなんですけど…)
「敬チャン位だもんねー、音羽サンにタメ口叩けるのは♪」
「わ!」
何気に恐ろしいツッコミが店の奥から…
「お、ちゅーサン、ども♪」
「お疲れー♪」
今夜のセッションでドラムを叩いてたちゅーサンだった。
(裏のセッションリーダ…)
「た、タメなんて叩けないっすよぉ~」
「叩いたら乗数倍返しな」
「のおっ!」
何を返すって!?口じゃなく手だろ!?手!?
ちゅーサンは恐らく今夜の中では一番の年配…俺や音羽サンのお父さん…まではいかないけど、近い年齢かもしれない。
「音羽サンはまた?」
そう言いながらちゅーサンは、落語家が箸を扱うようなポーズを…
「…んー…今日はやめとくかなぁ…」
「え?」
「えぇ!?」
ちゅーサンと2人で、思わずこの快晴蕎麦日和の空を仰ぎ見て…
「だから…」
「そうなんだ…」
日差しが眩しい…
「俺が蕎麦屋行かないと晴れかよ!?」
だって、珍しいんですもの…
「いつもと違うじゃないですか…?」
「ちょっと用事があってな、あまり時間無いな…ってだけだ」
時間無い割には、セッションをどんどん延長してたような気もしますが…
「そう言えば…」
ケースもいつもと違うモノをお持ち?いつもは俺や留奈と同じ、黒のデカケースだったと…
「今日はケースも違いますね?」
違うどころか…思いっきり女の子っぽい色じゃないですか?
「ん?あぁ…たまには気分変えてな…」
「だから…」
「そうなんだ…」
ちゅーサンと2人で…
「待てゴラ!」
だって、本当に珍しいんですもの…
しかし、いい加減、鉄拳でも飛んできそうな雰囲気もあるので…
「…あれ?」
構えてないです?
「…」
「そろそろ時間ヤバイや…すまん、先行くな♪」
ニヤケ顔のまま駅方面へと走り去って行った。
「珍しいね、音羽サンが蕎麦屋行かないって…」
「持ち物もまで変ってるし…」
「むしろこれは嵐を呼ぶんじゃ…」
「…ははは…想像させないでくださいよ、呼びそうですから…」
2人、走り去る音羽サンをお見送り…が、その足が止まり、クルっと振り向くと…
「あ、敬よ…」
「なんすか?」
「あとで三乗倍な♪」
とだけ言い残し…駅の改札へと消えて行った…
「…」
「…敬チャン…」
ちゅーサンが俺の震える肩をポンと叩いていた。
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