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No.0505「私の大切なもの」
昨夜、俺が目にしたモノは一体何だったのか?夕闇もそろそろ迫ろうかという時間、寿美サンと歩くこの界隈は、何事も無かったかのように、普通通りの様相を見せていた。
とは言え、これが普通なのかどうなのか?俺的には判らないのだけど、行き交う人々の顔を見れば、まるで緊迫感の無い平和そうな…
「…何だったのでしょう…」
「はい?」
ボソっと口から出てしまった言葉に、寿美サンは振り返って返事をした。
「あ、いや…」
相変わらずココロに思ったコトを口にする…悪い癖と思いつつも、この疑問はしょうがないんじゃないか…と…
「…えーと…」
出てしまった割には、次に続かない…
俺の言葉を待っているのか、振り返ったままこちらを見つめている…
流れる冬の風が辺りの木々と、寿美サンの髪を揺らす。
いや、今が春夏秋冬、どこに該当するのかもよく判らないので、冬の風かどうかすらも怪しいんだけど…
黙ってしまった俺の代わりに、逆に寿美サンが口を開いた。
「…気づかれてます…よね?」
「あ、は、はい!?」
微笑みながらサラっと出た言葉に思わず…
って、判ってもいないのに、肯定返事してるよ!?俺!?
あぁ…微笑みじゃなく、クスクス笑われてますよ…
「ノンちゃん…何か言いませんでしたか?」
だけど、本人は既に確信を得ているかのような…
「…それは…」
特に何も言われてなかった気がする…
ただ…
”アレ”
それだけで通じてしまった会話…
そして見えなくなったという”アレ”…
見たモノが本当にアレだったとしたら?ここにいる俺や、この周囲の状況は…?
「敬さんはお勉強得意ですか?」
「あ…あい?」
唐突に何を?
「歴史とか…」
「…ダメかもしれません…」
確かに歴史の成績は相当悪かったと記憶…
そんな、悪かったコトを記憶出来るんなら、その記憶領域を年号暗記の1つにでも割り当てれば良かった…と…
「ざんねん」
「でも…」
「はい?」
「昨夜のは…判るかもしれません」
無言のままニッコリ微笑んでいる寿美サンの顔が赤く染まる…
照れてるとかじゃなく…それは落ちてゆく陽の光によるモノ…
昨夜の巨大な炎とは違う、優しい赤…
沈黙の時間が流れる…
そして…
「…私の…当たり前で、大切なもの…」
「…え?」
「なんですよ♪」
突然、お姉ちゃんサンの姿が頭に蘇った。
”当たり前な日常”を築いてやろうとしていた…あの顔が…
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