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No.460「WhiteJacket」

No.460[WhiteJacket] もう夜になるというのに、音羽さんの部屋の鍵は開いていた。
夕べの事もあったし、なんだかんだで今日1日慌しくもあったが、その反面、夕べの事が気になってしょうがなかったのだ。
いつも酔っ払いながらではあるが、流石に夕べは様子が違って見えていたせいもある、それに数日前から、どうも無理をしているようにも見受けられていたからだ。
大越誠一の写真を見つけて以来、そして彼がやってきて以来、日に日に荒れてきているようにも見える。

「ちゃんと鍵かけてくださいね…」
結局昨日は朝まで音羽さんの部屋にいるハメになった。尤も、いつもの感じなら、そのまま明け方まで呑み明かしになるハズが、夕べは先に音羽さんの方がダウンしていたし、俺自身も気力も体力も使い果たしていて、彩サンを見送った後、そのまま床の上に倒れていた。
そして明け方に俺の言った言葉がそれだ…本人の返事もあったような気もするが、あれは何かの聞き間違いだったか?
「無用心だよなぁ…」
そんな心配いらねぇ!なんて返事とパンチが飛んできそうだが、一応は女性の1人住まいである。逆に、そんな事を気にもとめず、相変わらずですね~なんて言っても怒られるのは目に見えている。取り扱いが難しい。

なんて日常を気にしている場合ではない。
部屋は真っ暗だった。部屋の外の音が窓の方からも聞こえる、まさか窓まで開けっ放しか?
「タバコか酒でも買いに行ってるのかな?」
しかし、俺がここに来る途中、彼女がよく行く酒屋に姿は無かった。
やはり夕べの事が気になる、部屋の中で倒れたままになってるのかもしれない。
部屋の奥に入って確かめようと思った時だった、一瞬部屋の中に赤く淡い色が輝いた。そして照らし出された人影。
「あ…」

暗い部屋の中、彼女が咥えるタバコの光、そんなわずかな光が顔を照らす。
「音羽サン…」
動きもなく、ただ一点を見つめる目、俺の事など全く気づかないでいるようだ。それは耳にかかっているヘッドフォンのせいだったのかもしれない。
とりあえず安心はできた、少なくとも昨日と違う服装、違う位置に座ってはいた、だが、そんな些細な安心感は、彼女の目つきでかき消される。
どこかで一度、同じ目つきを見た覚えがある…
それがどこだったか…なかなか思い出せずにいたところ、彼女の方が俺に気づいた。
「何そんなとこに突っ立ってんだよ」
「あ?え?いや…まぁ…」
口調はいつものままだったが、視線は変わらずだった。
手にしているCDのジャケットを見ているようにも思えたが、どうもそこに焦点は合ってない感じだ。
「真っ暗じゃないですか、鍵も窓も開けたままで」
天井からぶら下がる電灯のヒモに手をかけようと、一歩踏み出そうとした俺、しかしその足を音羽さんの足が静止させた。
「つけるな」
「目が悪くなりますよ」
「別にライナー読んでる訳じゃない」
そう言って彼女は持っていたCDジャケットを俺に手渡した。
確かに…読もうと思って読めるものではなかった。何も印刷されていない、おそらくCD-Rか何かなのかもしれない。
真っ白なジャケット、しかし、細い小さな線、走り書きの文字のようなものが1本だけ引かれているのは確認出来たが、それが何を示しているものかはではわからなかった。タイトルなのかもしれないが…
「何聴いてるんですか?」
「当ててみな」
「落語」
「おまえはこういう雰囲気で落語を聴くのか?」
そりゃ真っ暗な部屋の中で、戸締りもせず、タバコを咥えたままで聴くようなものではない。冗談で言ったつもりだ。
しかし彼女の表情はさっきと変わっていなかった。
「いえ、もしかしたら怪談系落語かと…」
「まぁ、少なくとも饅頭ネタでは無いが、怪談もはずれている」
って、結局はずれって意味じゃないか。
そこでヘッドフォンの片側を奪ってみる…怒られそうな気もしたが、さっきからのこの反応はおかしい。
「…」
いつもならこんな事すれば平手かパンチでも飛んできそうなのが、すんなりと奪えてしまった。拍子抜け…しかし、更に拍子抜けしたのは…
「無音じゃん…」
つながっているコンポを確かめる。電源は入っていたが、再生はストップしていた。
「残念だったな、終わりだ」
そう言って音羽さんは立ち上がり、部屋の電気をつけた。
そして再生ボタンを押そうとしていた俺よりも先に、イジェクトボタンを押していた。
ジャケットと同じように、真っ白なラベルのCDが顔を出す。
「これを聴くには100年早いぞ」
ニヤケて言う…いつもの彼女に戻っている。
「じゃ音羽サンは100年待ったんですね…」
思わず言ってしまった。いつもと同じ表情を見れた事で安心したか?
そしていつもの如く、延髄チョップを食らった。
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