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No.496「ちょいとにーさん♪」

No.496[ちょいとにーさん♪] 「い、急がねば~!」
時間的には、ELAの店内清掃を終わらせておかないといけない時間なんだが…
ママに頼まれた買い物をしていたら、少々時間オーバ。
現在、銀座の街中を北から南へと走り抜けている俺だった。
「まぁ…客はいないんだけど…」
などと不謹慎なコトを想像してしまうが、嘘でも無い…かもしれない。
それに問題はむしろ、客数よりも、店が地下故の厳しさ対応。
とっとと行って暖房を入れなければ寒くてしょうがない。
「こんだけ走ってれば、十分暖まるけど…」
平日というのに、相変わらず混んでいる場所である。
人を掻き分け、車間を潜り抜け…でも信号は守って…
「ちょい…」
「へ?」
何か聞こえた。
「ちょいとにーさん♪」
こういうトコだ、おかしな客引きはいないけど、そんな声が聞こえたっておかしくな無い。
また、それが俺に向けられているモノとは限らない。
気にせず改めてダッシュをかけようと…
「そこを右手右足同時に出して走ろうとしているにーさん♪」
自分の姿を思わず確認…
「…やっぱ俺?」
器用なポーズでダッシュしようとしていた自分に気付いた。
そして、他にそんな器用なコトをしている姿は発見できず…
「荷物が重いんだけど、運んじゃくれないかねぇ…♪」
古臭い言い回しのような気がするが、声は若い女性のようだ…
周囲を見渡し、声の主を探すが…
「…」
「ねぇ…♪」
視界には、両手を後ろで隠し、何やら怪しげな仕草を見せるお方が…
「…さよなら…」
「待てゴラ!」
危険を察知した俺は、即行で…
”がし”
捕まっていた。
「重いっていってるだろ?」
「そ、その前に隠している右手を出してください!」
「あ?これか?」
目前に右手を差し出されたが…ちょっと間があったぞ?何を隠した?
「重いの♪」
「ご自分のテナーじゃないですか…」
若い声の主は音羽サンだった。
いや、本人も十分お若いんだが…わざと声作ってたろ!今!?
「うら若き乙女の助けを無視するかねぇ…」
「音羽サンの場合、”うらぁ!”だと思います」
「ほほぅ…♪」
などと言いつつ、バキバキと指を鳴らして…
(うら若かったんじゃないのか?乙女なんじゃないのか?)
「もう時間が無いんですよぉ~」
「あ?未来どころか、今の時間まで無くなったか?」
「しどい…」
どんどん俺の将来スパンが短くなっていく。
「今からライブなんだけど来ねぇか?」
「ARMSTRONGですか?」
「いや、今夜はシティだけど…」
あちこちでライブが出来ていいのぉ…
「俺、今からELAですよ」
「あ?そうか、今日バイトの日だっけ?」
「音羽サンの演奏はとってもとってもとーってもっ!…」
「聴きたくないと…」
言ってません…
「今夜はご勘弁を~」
「ちぇ~…飛び入りさせても良かったのにな~♪」
「うっ!」
おいしい話であるが、その可能性は結構低い…
つか、飛び入りでステージ立たされて、やるのは演奏ではなく漫才だ。
「ELAか…行ければ行きたいがなぁ…」
「時間あればどうぞ♪部屋を暖めてお待ちしておりま♪」
と、逆にこっちがお誘い立場に…
「…」
しかし…
「何だ?」
何だろう?この違和感…
いつもと同じような(おバカな)会話のハズなのに、何か感じが違う。
「…」
「ん?どした?」
「…あ」
何かに気がついてしまった。
「…耳…」
「あ?2つ付いてるが?」
「…いえ…4つ付いてるみたいですが…」
「…あ?」
そうだ、この違和感…本来2つであるハズの耳が4つ付いているからだ…
「…」
いや、だけか?
その2つ分多い耳にも妙な違和感無いか?
「…」
ご自分の顔を確認されているようだが、なかなか余計な耳に手が届かないようである。
「…あ…」
「…それです」
”へな…”
この薄っぺらい画用紙にクレヨンで色を塗ったような耳って…?
「聞こえるんですか?」
「…」
「しかしまた何で…?」
「…敬」
「はい?」
「ちょっとここから道路に飛び出してくれ」
怖いコトおっしゃいますな…
「音羽サンの趣味ってもしかしてコス…」
「…敬」
「はい?」
「ちょっとそこの道路に寝そべってくれ」
まったくもって怖いコトおっしゃいますな…
「敬、欲しいか?」
「俺はいりません」
「そりゃ残念…」
と、一度外した耳を…またご装着ですか!?
「似合うか?」
「…」
「どーよ?」
「…え…えと…」
色んな意味で微妙過ぎて、何と言っていいか判らない。
「今夜これでステージ立とうかなぁ…」
いや、俺が気付かなければ、そのまま立ってたと思いますけど…
「…」
「…」
慌てていたハズが、何故か無言で向かい合うような状況に。
「んじゃ行くわ…」
「…へぃ、俺も行きます…」
こうしてようやく、音羽サンは左へ、俺は右へ…
何か、妙な気分のまま別れたが、気になって振り返ってみると…
「…あ、直してる…」
駐車している車のバックミラーを覗きながら、耳の位置を確認している音羽サンの姿が…
なんかポーズまでとっているようで…
「気になるけど…」
気にしないほうが身のためだ…とココロの声が叫んでいた。
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